医の散歩道

HOME > 医の散歩道 > 第60回 奥州市立高野長英記念館

2017年3月配信

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紙本墨彩 サカマタ鯨図

高野長英記念館 のある岩手県奥州市は、2006年に水沢市・江刺市・胆沢郡前沢町・胆沢町・衣川村が合併して誕生しました。市内には坂上田村麻呂が築いた胆沢城や1000年の歴史を持つ蘇民祭で有名な黒石寺、大戦中も唯一観測を止めなかったという国立天文台水沢VLBI観測所があります。水沢公園の桜祭りまではあと一か月ほどでしょうか、春と一緒に訪れたい東北への散歩道です。

「高野長英は、1804年水沢で生まれ、世界に目を開き日本の夜明けのため生涯を捧げました。17歳で江戸に出てオランダ医学を学び、更に長崎に行き、シーボルトの鳴滝塾において、医学と蘭学を学びました。その後、江戸にもどり開業しながら翻訳を続け、庶民の要求に応える学問を続けました」と、長英の略歴をご紹介くださったのは学芸調査員の伊藤勝子さん。9歳で父を亡くし、伯父で医者の高野玄斎の養子になったことで、医学への道を選んだと言われています。

椿椿山筆「絹本著色高野長英画像」 蛮社の獄に遭遇した後半生は波乱に満ちたものでした。硝酸で顔を焼いて人相を変えたという話は有名です。「1838年『夢物語』を書き、これが幕府を批判したとして投獄されました。1844年脱獄し、数多くの門人や宇和島・薩摩藩主に守られ潜行千里、その間も医療や天文学、兵学などの著訳に力を傾けました。そして、薬品で顔を焼き、人相を変えて更に江戸にもどって医療を続け、1850年10月30日江戸青山百人町で英雄的な最期を遂げました。47歳でした」。

眼瞼膏薬等に関する蘭文医書 記念館では重要文化財の高野長英関係資料を中心に、その生涯をたどることができます。シーボルトから「ドクトル」の称号を与えられた論文「鯨魚及び捕鯨に就きて」に関連すると思われるサカマタ鯨の図は長英の自筆だそう。シーボルトが自国に持ち帰った門人の蘭語論文42点のうち11点が長英の論文と確認されており、その内容は活花、茶の製法、食事、化粧など多岐にわたっています。また、活字のように美しい文字の並ぶ「眼瞼膏薬等に関する蘭文医書」はまだ読解されていないそうですから、ご興味のある方、挑戦してみるのはいかがでしょう。

施設写真

奥州市立高野長英記念館 岩手県奥州市水沢区中上野町1番9号 TEL:0197-23-6034
FAX:0197-23-6034
URL:http://www.city.oshu.iwate.jp/syuzou01/
index.html

開館時間 9:00~16:30
入場料 一般・大学生200円(150円)
高校生以下無料
※( )内は15名様以上の団体料金。
休館日 月曜日(祝日のときは翌日)
年末・年始(12/29~1/3)
アクセス 東北本線水沢駅下車 徒歩10分
※水沢公園内の市営駐車場をご利用の方は、駐車券を窓口までお持ちください。

 

 

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