医の散歩道

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2018年3月配信

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世界遺産だけではない広島の歴史を見つけに春の意外な散歩道へ

広島城築城の毛利輝元から始まり近世城下町として発展した広島は、人口集中につれ中心部から海へ向かって干拓を進め、「新開」と呼ばれる埋立地が形成されていきます。今回ご紹介する広島大学医学部 医学資料館がある広島市南区霞は、江戸時代初期の寛文年間に造成された「東新開」の一部。歴史ある地に立つ、医学の歴史の資料館をご紹介します。 

医学部の歴史コーナー 広島大学医学部 医学資料館は、資料館自体も開設から40年という歴史を持っています。資料館の飛田さんは「本館は、昭和53年11月に国立大学医学部最初の資料館として設置されました。建物は、以前の陸軍兵器補給廠を校舎として使用され、昭和20年の原爆で被災した経緯があり、その建物のレンガや石材が一部再利用されています」と紹介してくれました。旧陸軍兵器補給廠は大正4年建造の赤レンガ造り。原爆被爆建物でもあり、校舎として利用されていた時には11号館と呼ばれていたそうです。

世界最初の精密な木骨「身幹儀」 『解体新書』、『傷寒六書』などの江戸時代の医学書。マルビギーの『顕微鏡図譜』やエウスタキオの『解剖図譜』などの洋書。華岡青洲の書など数々の収蔵品の中でも目を引くものは「身幹儀」(星野木骨)でしょう。広島の医師・星野良悦と工人・原田孝次によって寛政4年に制作された、世界最初の木製人体骨格模型です。舌骨、耳小骨を除く全骨が揃った精巧な成人男子の骨模型は、一体として組み立てたのではなく、部分的に結合したり外したりして観察したものと考えられています。

広島県観光スポットランキングで常時上位に入る、うさぎとのふれあいで有名な「大久野島」は、大日本帝国陸軍が毒ガス製造を行っていた場所。広島大学によってはじめてその被害が明らかにされ、資料館の「大久野島毒ガスコーナー」には毒ガス製造や保管に使われていた資料が展示されています。中世から近世・江戸時代へと大きく発展した城下町・広島と医学の先達の足跡をたどる散歩道では、広島の歴史の意外な横顔がもっと見えるかもしれません。

東京農工大学科学博物館

広島大学医学部
医学資料館
広島市南区霞一丁目2番3号 TEL:082-257-5099
URL:https://www.hiroshima-u.ac.jp/med/about/Institute_of_History_of_Medicine

開館時間 月曜日~金曜日
10:00~16:00
入館料 無料
休館日 土曜・日曜・祝日・夏季一斉休暇日・12月29日~1月3日
※その他臨時に休館することがあります。
アクセス JR山陽本線「広島駅」からバス約15分「大学病院前」下車

 

 

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